「……国光…国光…」


誰だ…俺を呼んでいるのは…?

目を開けたいのに、開こうとしない瞼。

自分の身体が、鉛のように重く感じた。


「…国光…」

「リョーマ……」


やっと口に出した言葉。

相手がその人物だという訳ではなく、そうだったら嬉しいという要望。

しかし…それが何故嬉しい事なのかもよく理解出来ない。

無意識…という状態だったのかもしれない。


「国光…目、覚めたか?」

「…っ!ビリー、か…」

「残念だな、リョーマって奴じゃなくて」


先程の言葉を聞いたであろうビリーが、苦笑しながら言った。

…リョーマ…酷く懐かしく聞こえる名だ…

それが誰なのか…俺には全く判らない。


「…此処は…何処だ?」

「セントラル病院だ。…お前、事故に遭ったの憶えてるか?」

「あぁ…、確か車に…」

「奇跡的に足の骨折だけで済んだ。ったく、こっちの寿命が縮まったぜ」

「すまないな…迷惑を掛けた」


謝罪をする俺に、ビリーは仕方ないな…と笑って見せた。


「あのな…国光。今度日本に行ってみないか?」

「日本?」

「あぁ、復帰…ほら、リハビリとかするまで時間あるし、逢いたい奴もいるだろ?」


逢いたい奴…そう言われて、俺は青学のメンバーを最初に思い浮かべた。


「そうだな…あいつらに、逢いに行くのもいいな…」

「『あいつら』?何で複数形なんだよ」

「何でって…青学の仲間は沢山居る」

「いや、俺が言ったのは、恋人の方だよ…」


聞いた時、耳を疑った。

俺には…恋人など居ない。


「恋人…とは誰の事を言っているんだ?俺にはそんな者、居ないぞ」

「?!お前の恋人の、リョーマだよ!何惚けた事、言ってんだよ!!!」


お前大丈夫か!?そう言って俺の身体を揺さぶるビリー。

判らない…誰なんだ?リョーマとは…


「知らない…俺はそんな奴は知らない…」

「…お前、忘れちまったのかよ…?いつも話していただろ?!」


知らない、知らない…

誰だ、リョーマって…誰なんだ?


「青学って奴等の事、思い出せよ!その中にリョーマって恋人も居るから…」


青学の、仲間は…

副部長の大石、その相方の菊丸、データ収集を得意とする乾…

NO.2の実力を秘めていた不二、パワーなら誰にも負けなかった河村…

そして喧嘩の絶えなかった海堂、桃城…

この7人だけだろう…?


「…っち…ドクター、呼んでくる…」


苦汁に満ちた表情のビリー。

何故そんな顔をするのか、俺には全く解らなかった。































「ふむ…脳には異常ないから、心の問題だろう」

「ドクター、それは…どうすれば思い出せるんですか?」


俺には理解出来ない会話。何を忘れたと言うんだ…。

何も忘れてなんかいない………。


「その本人との思い出を振り返ったり…本人と直接会ったり、だな。私は精神科医じゃないから何とも言えないが…」

「それなら丁度良い!国光、やっぱり日本に行くぞ」

「?あ、あぁ…」

「おい、ビリー君。手塚君は足を折っているんだ、あまり無理を…」

「ドクター…頼む!外出許可をくれ!!」

「…………」


考えるようなドクターと、頭を下げるビリー。

俺は…


「先生、俺からもお願いします」


ビリーと共に、頭を下げる事にした。

何故か…そうしなければいけない気がしたからだ。


「手塚君…。判った…だが、無茶はするんじゃないぞ」

「「有難う御座います!」」


不思議と、心の中が温かかった。

今はこうして、日本に行く事が良いと思えたからだ。


「手塚、折角のチャンスだ。絶対に…思い出せよ」


にっこりと微笑むビリーに、俺は軽く頷いた。

何を思い出すのかは判らなくても、何だか…知らなくちゃいけない事がある気がする。

それを探すために、俺は日本へと帰るんだ……。